2001年制作STUDIO六花作品/カラー擬似モノクロ)6分・ステレオ(一部モノラル)/(C)YasuhiroYoshiura

【作品紹介と予告編】 / 【この世界の住人達】 / 【プロット】

 「キクマナ」には明確なストーリーはありませんが、実はストーリ的な裏プロットが存在します。そのストーリーに沿うように映像を進行させる事によって、映像に緩急をつけるよう工夫しました。この作品で常に意識したのは、見ていて飽きない作品を作るということです。
 こういった奇妙なシチュエーション(映像)というものは、特定の・・・主に映像志向派の・・・人を選ばず、一般的な全ての人の好奇心をも掴むのではないか?そんな主張こそが、この作品の伝えたい事でもあります。

※上記の理由から、下記プロットを読んでも作品本編のネタバレにはなりません。

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キ ク マ ナ

うつろな私の目に飛び込んできたのは、光の雨だった。
今まで私は眠っていたのか、それともただ「ぼうっ」としていただけなのか。
あの曖昧な感じは、私から常に時間を奪い去る。
今までの記憶が曖昧にぼやけ、その替わりに目の前の光景が鮮明さを増してゆく。
ふいに途切れた光の雨と共に、私は顔を上げた。

私のいる部屋。
部屋の壁のうち、三面が本棚に、残り一面が読書机になっている縦長の部屋。
窓が一つあるだけの、出口の無い部屋。
私の目に映るものは、床に散らばった沢山の本。
真上を見ると電灯光が私の目を刺激し、横の本棚を見ると本が私の目を刺激する。
本。本。本。
どれが読み終わった本で、どれが読んでいない本なのかの区別さえつかなくなってきた。
読書を再開しないと。
そんな焦りが、私をその場から立ち上がらせる。
これからの作業を思い、私は大きくため息をついた。
「はあ」

本棚用の灯りが消え、代わりに机の上の電灯が点灯する。
私を誘っているかのようなその光。
私はいつものように机の前まで移動すると、机上をしばらく見つめた。
乱雑に散らばった本に埋もれた机。
私は乱暴に椅子に座り込むと、目の前の本を開いた。
白紙。
私はきっと今、死んだ魚のような目をしているに違いない・・・。
そんな考えがふと浮かぶ。
次の瞬間、白紙のページからキューブという名の立方体が浮かび上がった。
(キューブは私の目の高さまで浮いてくると、その場でふわふわと漂い始めた)
そろそろ弾けるわ。
私はそう思い、ゆっくりと目を閉じる。
まぶたの向こうで何かが弾けた感じがしたのは、その直後のことだった。

私の意識が、暗闇としか言いようの無い空間の奥深くに沈んでいく。
光の粒のカケラの余韻、辺りに漂う粘りつくような空気。
暗闇の底に鏡がある。
私の部屋に置いてあるような、全身が映る鏡。
その鏡の中に人影が見える。
影?・・・いいえ、その人影は真っ白な人型のシルエット。
私を見据えた白い人影は、そのままゆっくりと左の方向を指差した。
その瞬間。
鏡は音を立ててその表面に亀裂を生み、同時に鏡の住人の右腕が跡形も無く吹き飛んだ。
ああ、少しだけかわいそう。
でも鏡の向こうの人のことだから、本当はあまり悲しくないんだわ。
その人影は何かを私に伝えようとしていたみたいだけど、今は考えないでおこう。

真っ暗な空間に無数の階段がひしめいている。
何処までも続くその階段は、遠くから見ると、まるで真っ暗な空間に描かれた斜線に見える。
私はその階段の一つを上っていた、はず。
登っていたはずなのに・・・どうして私の階段は途中で途切れているの!
もどかしさと共に、私は階段の終点に腰を下ろしていた。
周りにある他の階段は、まだ終点が見えていないのに。
どうして私の階段だけ。
どうして私の階段だけ。
私の後ろからは大勢の「他人」が階段を上ってきている。
ああ、もう来ないで。
階段はここで終わりなの。
これ以上先は無いのよ、引き返して・・・私に近づかないで!
・・・どうして誰も何も言わないの?
・・・どうして誰も止まってくれないの?

何処までも続く平野。
私は一人でそこに佇んでいる。
白黒タイルのその平野の上に立っていると、まるで自分がチェスの駒になったよう。
「ぼうっ」っと思考が停止し、うつろに足元を眺めているだけで許される自分がそこにいる。
気配。
ふと顔を上げ、辺りを見回す。
人間とも影とも付かないぼんやりとしたモノが、私の傍らを走り抜けていった。
アレは何?
一人で何処へ走っていこうとしているの?
何であんなに走る必要があるのかしら。
ああやって好きなだけ自己主張していればいいんだわ。
私はそう思い、立ち止まっている自分を精一杯正当化した。
でもその影は、孤高の存在ではなかった。
同じような人影が、また一人、同じように走り抜けていく。
その次にもまた一人。
さらにまた一人。
やがて何十もの無数の影が、私の横を次々と走り抜けていく。
私の横を?
いいえ、走っている彼らの中に、私が立っているの?
私のほうが変なの?
いつしか私は、立ち止まっていることに不安を感じ始めた。
同じ方向に向かって走り続ける影の群れ。
私も同じようにしなければならないのかしら。

階段の終点。
私は後ろからやって来た「他人」にそこから突き落とされた。
彼らは無言のまま、落下する私を眺めていたように思う。

落下する私。
頭を下にし、くるくると回りながら落下する私。
あまりのめまぐるしさに私の意識は遠のく。
今までの出来事が走馬灯のように、いえ、額にかけられた絵になって私の周りをくるくると回る。
何十もの額が、落下している私の周りをくるくるくるくる。
そんな意識の中、私の脳裏にはかつての記憶が一瞬蘇った。
私がまだ小さな子供だった頃。
あの出口の無い部屋に来たばかりの頃。
本棚は綺麗に整理され、部屋は真新しかった。
その時私はお気に入りの絵本を握っていたっけ。
誰から言われるでもなく、自分自身で選んだ本当に好きな本。
素直に自分の好きなものを言うなんて、今の私には出来るかしら?
きっと言えないわ、何故だか分からないけど。
落下する私。

沢山の影が走る。
その中に佇んでいる私。
走るべきか、走らざるべきか。
影の数はまだ増え続けている。

落下する私。
記憶の額が、落下している私の周りから消える。
辺りは深海のような、真っ暗な空間。
そこに強烈な光が差す。
巨大な目の光。
巨大な魚の光。
私は巨大な魚のそばに落ちてきたのだ。
ああ、なんて大きな魚。
その魚の名を、海魚と言う。
わたしはその巨大な海魚に抱かれて、どこまでも、どこまでも沈んでゆく。

本を勢いよく閉じると、私はそのまま机の上に頭を投げ出した。
充実感のカケラも無い疲労感と、虚無感が私を包み込む。
本を読んだ後はいつもこうだった。
不安。
追い立てられる。
拘束される。
この部屋にある全ての本は、何一つ私に安息を与えない。
机上の本の数はいつの間にか増えている。
読んでも読んでも無くならない本。
本棚に収まっている本の数だって、知らぬ間に増えてきる気がしてならない。
そんな事を考えながら、私はその姿勢のまましばらく体を休めた。
時計の秒針の乾いた音が聞こえる。
この部屋に時計なんてあったかしら。
早く本を読まないと、時間はどんどん過ぎていくよ。
そんなことを言っているかのよう。

ふと、部屋の壁に飾られている絵が目に入った。
これは確か、以前部屋に飾った絵だ。
いち、に、さん、よん枚の絵。
その絵は私の部屋に飾ってあるから、つまり私自身の記憶、私自身の歴史。
私はだるい体をゆすって椅子から立ち上がり、絵の前に立った。
いち。
一番上にある絵。
沢山の小さな四角い家が、その背後にある巨大な球とパイプで繋がっている。
昔、世界はこういうふうになっている、という本を読んだことがある。
この絵はそれを描いたもの。
でも本当にこうなっているのか、自分の目で確かめた事は無い。
だって不可能じゃない。
に。
その右下にある絵。
長い階段を上り続けている私の様子を真横から描いた絵。
私の後からは、数人の「他人」が階段を上って来ている。
ああ、あの時の記憶だ。
さん。
その下にある絵。
さっきの階段の絵とほとんど同じ。
でも上下をさかさまにして飾ってある。
引いた目で見ると、別の絵に見えなくも無い。
よん。
その左にある最後の絵。
奇妙な人間・・・ロボットのようなものが描かれている。
丸い頭、小さな二つの目、口から伸びるパイプと全身を覆うマント。
これは何だろう。
以前会った事のある人かしら?
それとも、単にこの人の事を本で読んだだけなのかしら?
今となってはその区別さえつかない。

私は絵がかかっている壁に背を向けた。
これらの記憶は確かに私のものだけど、でもやっぱり何か違う。
本当に得たもの、本当に私が望んで描いた記憶ではない。
宿題で無理やり書かされた日記のようなものだわ。
そんな事を考えて、私は再びため息をついた。
・・・絵がかかっている壁の反対側には、全身が映る鏡が立てかけてある。
私の半開きの視界の中に、その鏡がある。
白い手。
一瞬、鏡の中に白い手が現れ、そして消えた。
「え?」
私は鏡を凝視した。
すると再び白い手が出現し、手招きのような奇妙な動きを始めた。
まるでダンスみたい。
その動作は何度か繰り返され、やがて徐々に一つの形となり、最後はあるポーズに固定された。
その形・・・人差し指で右方向をしっかりと指差す形。
私に右を見ろと言っているようなジェスチャー。
夢の中に出てきた白い人影、吹き飛ばされた右腕。
無意識のうちに私は鏡の右側、つまり机の左隅の角を見やった。
電灯の光が私の目を刺激する。
そこにあるのは、机の上に散らばった本の山。
それがどうだというのだろう。
分からないわ。
私は助言を請うように、再び鏡に向き直った。
しかしもう白い腕は消えており、鏡にはいつもの反射風景しか映り込んでいない。
困ったわ。
何が言いたかったのかしら。
もう一度部屋の角を向くと、今度はもう少し丹念にその辺りを見回した。
何の事は無い、いつもの私の部屋そのもの。
私は仕方なく視線を元の位置に戻した。

でも。
何か気にかかる。
あの壁際、あの角。
私はその場に立ったまま、ゆっくりと記憶の糸を手繰り寄せていた。
壁。
かけられた絵。
昔。
子供の頃。
・・・。
「あ!」
そうだ。
手繰り寄せた糸の先にあった、幼い頃の記憶。
私はその角まで歩み寄ると、机の上の電灯を角側に向けた。
確かにそれはそこにあった。
私と両親の絵。
その隅の壁にはもう一つの絵、私と両親が描かれた絵がかけられていたのだ。
今までずっと忘れていた。
日々を読書に忙殺され、本の山に文字通り埋もれていた私自身の記憶。
そうだ。
これは私自身の記憶だ。
私自身の記憶だ。
そうだ。そうだ。そうだ。
私の、私自身の・・・。

瞬間、砂嵐のようなショックが私の頭を駆け巡った。
静かで暗いはずの部屋に轟音が鳴り響き、まばゆい光が幾重にも差し込んだ気がした。

気がつくと私は机上の電灯を消し、部屋の天井にある電灯を付けていた。
椅子に座ってその部屋を見回してみる。
部屋の全貌が見えると、今までいかに無意味な本を見ていたのかがよく分かる。
そして私は同時に、自分の意識が内側へと向かうのを感じ始めていた。
私の目に映る本棚。
私の目に映る、床に散らばった本。
私の目に映る、沢山の本。
そして私の目に映る、私自身の手。
・・・わたし?
その部屋に、私はいる。
そして、自分の目で自分自身を見ることすら出来る。
どうして今まで、こんな当たり前の事に気がつかなかったのだろう。
私は思わず自分自身を指差した。

夢の中で何かを指差そうとした白い影。
鏡の中で両親の絵を指差した白い手。
そして今、私は私自身を指差している。
・・・私はようやく自分自身にたどり着けたのだ。
嬉しさがこみ上げてくる。
そうだ。そうだ。そうだ!
わ・た・し。
私は、口が裂けんばかりに笑みを浮かべた。
「くふふ」

私 は す ぐ 目 の 前 に 誰 か の 気 配 を 感 じ て 顔 を 上 げ た 。

目の前に、奇妙な形をしたロボットが立っていた。
無機質っぽくて
皮膚感覚が感じられなくて
冷たい空気が漂い出すような
そんな雰囲気のロボットが。
私をじっと見つめている。
その瞬間、私は全てを理解した。
ああ、このつかの間の喜びは、いったい何度目のものだろう。
でも考えるのは無意味だわ。
どうせすぐに忘れてしまうのだから。

「お休みの時間です」
ロボットはそう言うと、口から伸びたパイプを私の頭まで伸ばした。
そして私の目の前で光を放った。

うつろな私の目に飛び込んできたのは、光の雨だった。
今まで私は眠っていたのか、それともただ「ぼうっ」としていただけなのか。
あの曖昧な感じは、常に私から時間を奪い去る。
今までの記憶が曖昧にぼやけ、そのかわりに目の前の光景が鮮明さを増してゆく。
私の周りに降り注ぐ光の粒は・・・まだ振り続けている。

私のいる部屋。
部屋の壁のうち、三面が本棚に、残り一面が読書机になっている縦長の部屋。
窓が一つあるだけの、出口の無い部屋。
私の目に映るもの、床に散らばった沢山の本。
横の本棚を見ると本が私の目を刺激し、真上を見ると電灯光が私の目を刺激する。
電灯が撒き散らしている光の粒。
電球の中にはキューブが見える。
本。本。本。
どれが読んだ本でで、どれが読んでいない本なのかの区別さえつかない。
私はいずれ、読書を再開しなければならなくなる。
そんな焦りが、私の意識を眠りへと向かわせた。

今はとにかく眠ろう。
休めるうちに休んでおかないと、後が辛いのよね。
私はゆっくりと顔を膝にうずめた。
そして眠りにつくまでの少しの間、この世界について考えてみた。

この世界は、こんな部屋の集まりで出来ている。
沢山の部屋。
出口の無い部屋。
みんなそこで、何処から送られ来るか分からない本を貪り続けているんだわ。
意味も考えず、訳も分からずに。
でも安心して。
それは誰だって同じなの。
みんなそうやってこの世界で生きているの。
だから、そこから抜け出そうなんて思わないで。
だってそうでしょ?
不安になるでしょ?
私達はこの生き方を続ける限り、何も背負わずに済むのだから。

そしてふと
この世界もあの夢のようなものなんじゃないかしら
と、考えてみる。


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(C) Yasuhiro Yoshiura - since 2000/04/03